お笑い界で独特の存在感を放つ阿佐ヶ谷姉妹。
ピンクの衣装と丸眼鏡、ゆるやかな掛け合いに癒される人も多いですよね。
その名前や見た目の雰囲気から本当の姉妹だと思っている人も多いのではないでしょうか?
実は、彼女たちの関係性には意外な真実が隠されています。
今回は、阿佐ヶ谷姉妹の本当の関係や、コンビ誕生の意外なエピソードを徹底解説します!
阿佐ヶ谷姉妹の真実:本当の姉妹なのか
結論から言うと、阿佐ヶ谷姉妹は本当の姉妹ではありません。
芸名に「姉妹」とついていますが、血縁関係は一切なく、完全な他人同士です。
林:お二人は本当の姉妹ではないんですよね。
江里子(姉):“なんちゃって姉妹”なんです(笑)。
出典:AERA
「阿佐ヶ谷姉妹」はあくまでもお笑いコンビとしてのユニット名なのです。
- 渡辺江里子(姉役):1972年7月15日生まれ、栃木県宇都宮市出身
- 木村美穂(妹役):1973年11月15日生まれ、神奈川県出身
見た目や雰囲気が似ていることから、本当の姉妹と勘違いされることが多いようですが、ご本人たちもテレビやインタビューで「血のつながりはない」と何度も明言しています。
出身地も異なる二人は、お笑い芸人としてのユニット名として「姉妹」と名乗っているにすぎません。
意外な出会い:劇団養成所から阿佐ヶ谷での同居まで

では、二人はどのように出会い、コンビを組むことになったのでしょうか?
二人の出会いは1994年、劇団「東京乾電池」の研究所(養成所)でした。
ふたりが出会ったのは劇団「東京乾電池」の養成所だったそうだ。姉・江里子は大学時代に演劇を志し、入所。妹・美穂は寝具店に就職するも1年で退職し、もともと好きだった演劇の世界に足を踏み入れることとなる。
出典:日刊SPA
当時、お互いに「自分と似ている風貌の女性がいるな」と気になっていたそうです。
この第一印象がきっかけとなり、自然と会話が増え、すぐに意気投合。
しかし、1年間の養成期間終了後、劇団員にはなれず、それぞれ別の仕事をしながらも交流を続けていました。
その後、渡辺江里子さんが住んでいた阿佐ヶ谷のアパートに、木村美穂さんが遊びに来るようになり、やがて同居を始めます。
この同居生活は約6年間に及び、まるで本当の姉妹のような暮らしぶりが続きました。
日常の些細な出来事をユーモラスに描いたエッセイでは、実際の同居生活や日常のエピソードがリレー形式で綴られています。
現在は同じアパートの隣同士で“お隣暮らし”をしています。
最初は二間ある部屋への引っ越しも検討していましたが、ちょうど同じアパートの隣室が空いていたことから、現在のスタイルに落ち着きました。
阿佐ヶ谷姉妹が“ふたり暮らし”から“お隣暮らし”に切り替えた一番の理由は、物が増えすぎてそれぞれのパーソナルスペースが確保できなくなったこと。
出典:mi-mollet
空調の温度設定やお風呂の順番をめぐる小さな揉めごともなくなり、ストレスが軽減。
ただし、その反面、同じ部屋にいたころよりも会話の機会は減少し、寂しさを感じることもあるそうです。
それでも、パーソナルスペースを大切にしながらも、LINEなどでゆるやかな交流を続けています。
現在も合鍵を持ち合い、壁越しに相手の気配を感じられるような関係性は続いており、完全に距離を取るのではなく、“心地よいゆるさ”の中で支え合う姉妹コンビの新しい形がそこにはあります。
コンビ名の由来:鰻屋での偶然が生んだ「阿佐ヶ谷姉妹」

コンビ名「阿佐ヶ谷姉妹」の誕生は、ちょっとした偶然からでした。
2007年、二人が阿佐ヶ谷の鰻屋「川秀」を訪れた際、店主から言われた一言がきっかけ。
たまたま2人で同じ阿佐ヶ谷にある「川秀」という鰻屋に訪れた際、「私たちの顔が似ているのを見て(店の主人が)『阿佐ヶ谷に住んでるの?』『姉妹なの?』と聞いてくださった」と回顧。「姉妹じゃないですけど友達なんです」と答えた渡辺に、主人が「そんなに似てるなら、姉妹って言って、阿佐ヶ谷姉妹っていう名前で何かやったら?」と提案してくれたのだとか。
出典:RBB TODAY
その言葉を受けて、「阿佐ヶ谷姉妹」という名前が、その場で即採用となりました。
現在、名付け親となった鰻屋「川秀」は既に閉店していますが、二人は感謝の気持ちを明かしています。
「(すでに)お店を畳まれてしまった」と残念そう。ただし「それで阿佐ヶ谷姉妹ができたので、鰻屋さんには本当に感謝しかない」と話した。
出典:RBB TODAY
そして、二人はこの提案を即座に受け入れ、渡辺江里子さんが同日中にブログで発信。
すると、お笑いライブへの出演依頼が舞い込み、2007年10月22日にコンビとしてデビューを果たしたのです。
江里子は「私がブログをやっていたんで、『阿佐ヶ谷姉妹に何かご用命ありましたら』ってちょけたことを書きましたら、一番最初に御用命いただいたのが、知り合いの方のお笑いライブだったんです。
出典:スポニチアネックス
そして、阿佐ヶ谷姉妹らしい自然体の面白さはここでも。
当時、二人はまだ「お笑いコンビ」ではなく、ネタもなかったのですが、「1回だけやってみようか」と出演を決意。
由紀さおりさん&安田祥子さんのパロディとして、トルコ行進曲を8分間歌い続けるという謎のネタを披露したそうです。
これが思いのほか好評で、その後出演した『エンタの天使』や『細かすぎて伝わらないモノマネ』でブレイク。
本格的に芸人の道へと進むことになったのです。
この“成りゆきで芸人に”というエピソードこそ、阿佐ヶ谷姉妹の最大の魅力で、「ゆるさと本気の絶妙なバランス」を象徴していますね。
まとめ
阿佐ヶ谷姉妹は、本当の姉妹ではありません。
血のつながりこそないものの、まるで実の姉妹のような息の合った掛け合いや、ゆるやかな日常を共有する“唯一無二のコンビ”です。
劇団養成所での出会いから、阿佐ヶ谷での二人暮らし、そしてお隣暮らしへと続く生活スタイル。
鰻屋の店主の何気ないひと言と、ちょけたブログ投稿から始まったお笑いライブ出演――そのすべてが偶然のようでいて、どこか“必然”だったのかもしれません。
計算された芸ではなく、自然体のままで人々を笑顔にする姿は、芸人としての枠を超えた温かさに満ちています。
これからも、変わらぬ距離感と空気感で、私たちに「のほほん」とした癒しを届けてくれることでしょう。
これからも、これからも阿佐ヶ谷姉妹の活躍から目が離せませんね。
それでは、ありがとうございました!
コメント